兄弟船

中学2年生まで、うさぎを飼っていた。
もともとは兄貴
が食用として飼っていたが、戦争が終わり食べ物事情も変わり、オレにくれた。
当時、部落中が豚も鶏も食用として飼育していた時代。
叔父の竹二さんが、戦争に行く直前のある日、鶏を肩にかついで帰宅してーー

夜になると仲間が集まって来て、酒盛りをしていた。
又、兄貴が松次郎のおんちゃ達と『犬の肉は固い』と嘆き、次は『猫』を試すと話していたのを覚えている。
それにしても、部落の犬・猫達は縁の下で、こっそり隠れ住むしかなく、うっかり道路を横切る事はキケンで、ペットブームなど、夢でしかなかった。

そんな風景を見ているので、兄貴からもらった兎箱
を玄関前に移し、与惣次の静雄からもらった
錠前をつけて、野蛮人から守ったが、兄貴が『へ、兎 なて食うもんいねわや・・・』と、言って農舎の横に 移動。やがて豚食った、鶏つぶしたと言う話はなくなった。
父ちゃんから牛肉
だが我が家は
肉に恵まれた。八木牧場に勤務していた父ちゃんが、牛肉の端切れを
用意してくれ、政江から
連絡があると、関屋まで自転車で取りに行っていた。
当時電話は、学校と郵便局にしかなく、政江は石山中学の事務員(長潟出身・同級生)宛に電話をし、オレに伝え
ていた。
授業が終わると、石山から沼垂・
学校町経由関屋まで1時間30分かけて到着。
清はまだ生まれていず、握り飯一個食って長潟まで。
山二ツに仕出し屋
戦後の食糧事情が変わって来た。
山二ツに仕出し屋(しんさ)が現れた。
犬も猫も、ペットらしく生きれる時代が到来したのだ。
そこでわが兎、玄関前の農舎右横に移し、朝兎箱の
入口を開け、夕方閉めると言う、出入り自由の身にした。
昼間バーちゃん
が、おやつに人参の葉をくれるもんだから、『ハーちゃんのファン』になっていた。ところが間もなく事件が・・・
このうさぎ、バーちゃんが畑へ行く時、ピョンピョン
後ろについて行っていた。
最初は嘉助の野菜をかじっていたが、
隣の半九朗の畑に人参が植えられているのを見つけ、
あっちかじり、こっちかじりして、半九朗に現行犯
で逮捕。

仕方なくバーちゃんは畑に行く時、うさぎにこっそり
出かけたが、うさぎにバレて、先に兎が畑に行って
いる事もあり、大きな囲いに入れる事にした。



